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2006年04月22日

●○○の常識は××の非常識?五十嵐らん『世にも不思議な中国人』

今日は五十嵐らん『世にも不思議な中国人』を紹介します。
yonimofusigina.jpg
五十嵐らん『世にも不思議な中国人』ワニブックス 2006年

この本は中華的生活「多少銭?」というブログの書籍化したもの。

そのブログを簡単に説明すると、日本人女社長(現在は退職)五十嵐らんさんが、中国に乗り込み、中国での自らの体験を書き綴ったものです。

まず著者は中国のことを「魔大陸」と名乗っています

この「魔大陸」という言葉の中に著者が込めた意味はただ単に「混沌とした」ということであって、中国という国家に対して蔑んだ意味を込めていないと読み取れます

と僕が考えたのは以下の記述で明白だから。


私は今退社して、新しく自分で歩き始めました。しかし中国との関わりは切れず、中国人の何とも言いがたい魅力にも抗えない自分がいます。どうしても中国に行きたい自分がいます。「嫌な国だな」「どうしようもない連中だな」、と正直思えど、やっぱり引き寄せられます(笑)。この本を読んでみて、私が中国(人)に思う「複雑な感情」と、「何ともいえない魅力」が少しでもご理解いただけることを、願っております。(p.5)


つまり著者はなんだかんだいって中国が好きだとわかりますし、実際に読み進めていくとそれが確信に変わるとおもいます。

読後に僕がこの本について思ったことは今回のタイトルにもつけました
「○○の常識は××の非常識」

○○と××には色々な言葉を入れることが出来ます。

「日本の常識は中国の非常識」。逆に「中国の常識は日本の非常識」だし、「中国の常識は世界の非常識」とも言えるかもしれない。
(もちろん「日本の常識は世界の非常識」の場合もありますよね)

ここで「××の非常識」に対するスタンスに関して考えると…

どうしても自らが経験したものとは勝手が違うから「これは間違っている!」とか「これだからダメなんだよ」などと相手を拒絶する場合があるかもしれない

しかし著者はそうは思わずむしろその非常識ぶりを楽しんでいるようである

異文化に接する際にそれを低いものだと軽蔑して見るよりも、自国文化との差異を楽しむ気持ちって大切だし、そうすることで異文化と自文化の比較から自文化の良さ悪さが再発見も可能になるでしょう

そう考えると「異文化交流時のスタンスの取り方」という問いに対するひとつの答えを提示している本かもしれません

何か色々語ってしまいましたが、
内容的には非常に読みやすく著者の孤軍奮闘ぶりは面白いですよ。


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スレッドテーマ:読んだ本。:本・雑誌

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