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2006年05月21日

●「菊次郎の夏」見ました(´ー`)

タイトル横の顔文字についてはこちらを御覧下さい♪

15分ほど前にDVDで鑑賞し終えた「菊次郎の夏」の感想です。

kikujiro.jpg


◎作品データ
製作年度:1999年
製 作 国:日本
上映時間:121分
監  督:北野武
脚  本:北野武
音  楽:久石譲
出  演:ビートたけし、関口雄介、岸本加世子、吉行和子、細川ふみえ ほか

◎簡単なストーリー紹介
小学生の正男(関口雄介)は浅草で祖母に育てられている。夏休みを迎えることになり、まだ見ぬ母を訪ねようと決意する。そんな正男の付き添いに選ばれたのはだらしのない生活を送っている菊次郎(ビートたけし)。このようにして正男と菊次郎の不思議な旅が始まる。
2時間ほどの作品を見終えてすぐに思ったのが…

「久石譲の音楽と萌える様な緑に溢れる日本の風景に助けられたな」ということ。

映画やドラマを見るとき、「このシーンの意味は?」と深読みする事が多いという個人的な事情があるかもしれないけど、そういった今までの見方を除外して見たとしても、ストーリー上でどうも納得できない事が散見されました。

どう好意的に解釈しようとしてもストーリーの関連性というか繋がりが乏しく、突拍子もないキャスト(中でもライダーのグレート義太勇、井手らっきょ)の登場に違和感を感じずにはいられませんでした。

一見すると、この映画の主人公は母を訪ねて旅行をする正男にあるように思えます。でもタイトルから判断すると同時に、さらにストーリーが進むに連れて、この映画の主人公は菊次郎であるという事はわかるでしょう。

では主人公である菊次郎の言動の意味はなんだろうか?というのを考えてみます。ここからはネタバレをするので突っ込んで書きませんが、菊次郎にとって、正男の存在は菊次郎自身のかつての姿と似ていると同時に、菊次郎がかつて経験した「後悔」を正男という存在を通じて解消しようとするからこその言動であると解釈しました

あれこれ深く考えず久石譲の音楽を聴きながら、日本の夏の風景を満喫する「環境映像」的にこの映画を楽しむにはいいかもしれません

でもどうしても深読みする僕としては微妙な作品でした。




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スレッドテーマ:映画感想:映画

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