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2006年04月17日

●本と出会うタイミング?市川拓司『いま、会いにゆきます』

先日(2006年4月16日)にTBS系で映画「いま、会いにゆきます」が放送されたので、原作本の感想を載せたいと思います。
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市川拓司『いま、会いにゆきます』小学館 2002年

ところで皆さんは本を選ぶ時、どういう基準で選んでますか?

きっとすでに買う本を決めてから書店に行く人が大半だと思います。僕もそうする場合もありますが、時折、あてもなく書店に入り、色々な本を立ち読みしながら買う本を見つけるということもします。その際の本とめぐり合う」行為はまるで宝探し気分が味わえて心地よいと個人的には思っています。

そして「本とめぐり合うタイミング」というのもあるでしょう。
つまりどの時期にその本を手に取り、読んだのかということですが、今回取り上げる本、『いま、会いにゆきます』は、「もっと早く読みたかった?残念!」と思える本でした。

ストーリーはを簡単に説明すると…


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巧と彼の息子祐司は一年前に妻(祐司にとっては母)の澪を亡くした。巧と祐司の二人で生活していた中、ある雨の日に突然澪があらわれる。しかし二人の眼前にあらわれた澪は記憶を一切無くしていた。例えば巧と結婚して祐司を授かったということを。 そこで巧と祐司は澪の無くした記憶を取り戻そうとする。 しかし、澪が二人と過ごせるのは雨の季節が終わる6週間後だった。 つまり彼女が現れて6週間後に澪はこの世界から消えてしまう。巧と祐司の前に何故澪は現れたのだろうか?そして澪が記憶を無くしてあらわれた理由は何なのであろうか?
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当初僕が抱いた感想はとても綺麗な作品
二人の前に現れた澪の優しさに心があたたかくなります。
詳細はネタバレするので言わないが、澪があらわれた理由は澪を亡くして巧と祐司は悲しみの淵にいた中で、二人のもつ「喪失感」を解き放つためにあらわれたといえます。

そして澪が6週間後に消え、巧と祐司の二人は澪を失った喪失を解消し、巧と佑司が未来に向けて前向きに生きていこうとする強い意志が感じられます。

この「(澪を失った)喪失から再生へ」扱った同様の作品に2004年に大ヒットした「世界の中心で、愛をさけぶ」があります。

両作品に優劣をつけるつもりはないが、個人的には「再生」の描き方が「いま、会いにゆきます」の方が好きというか「納得」のいくものでした。

「いま、会いにゆきます」は全て電車の中で読んだのですが、クライマックスでは少々ウルウルしてしまいました。(男が一人で本を読んでウルウル、やばいよ?やばいよ?)

この作品で残念なことは個人的な事情ではあるが、これを読んでいる時に映画のキャストを思い出さずにはいられなかった点にある

映画で澪を演じたのは竹内結子。自分が竹内結子が好きだということもあるのだろう。(実は竹内結子の大ファンなんです。)これを読んでいると、どうしても澪が竹内結子に重なって見えてしまう。

一般的には小説が最も顕著だが本を読む際には自分なりの想像力を膨らまして、人それぞれで自分たちなりの登場人物を空想する。

だがこの作品に関しては映画に出演の人物がどうしても見え隠れしてしまう。

僕は映画を見ていない。しかし、映画公開時にCMがガンガン流れ、しかも大ヒットしたということから、どうしても映画というフィルターを通してこの作品を見てしまう。つまり自分の想像力が映画によって遮断されてしまったともいえる。

映画化以前に読みたかった。

そして本とめぐり合うタイミングをこれほど意識せずにはいられない作品でした。


後ほど映画「いま、会いにゆきます」のレビューを掲載します。

【4月19日追記】
レビューをアップしました。こちらをごらん下さい




クリックしてくれると嬉しいな^^

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