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2007年02月24日

●佐々淳行『東大落城』

佐々淳行『東大落城』を紹介します。

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佐々淳行『東大落城』文藝春秋 1996年

東大の正門(赤門ではありません)をくぐり直進、法文一号館と二号館に挟まれた道をまっすぐ歩くと聳え立っているのが安田講堂。

安田財閥の創始者安田善次郎の寄付によって建てられた重厚感溢れる建物です。

1969(昭和44)年にこの安田講堂に立てこもった全学共闘会議(全共闘)の学生達を警視庁が封鎖解除を行ったのが東大安田講堂事件。

著者の佐々淳行氏は事件当時警備第一課長として学生を鎮圧する側にあり、その時の様子を書き綴ったのが今回紹介する『東大落城』。

ちなみに僕は東大の本郷キャンパスを歩く事が多いのですが、今の平和な東大構内の風景を見ていると、今から38年前に僕が歩くこの場所でこんな凄い事件があったなんて信じられません。

東大安田講堂事件の発端となったのは医学部学生による登録医制度反対の通称インターン闘争だそうです。

そして当時日本中の大学で繰り広げられた大学紛争の一因に授業料値上げ反対、学園民主化要求があります。

そう考えると大学紛争は当時の大学の組織や制度に対する改善要求の側面があり、必ずしも完全に悪いものではないといえます

でもそれらの紛争を主導したのが社会主義思想に染まった学生達だったのが性質がわるかった

安保反対、世界同時革命、造反有理などのいかにも社会主義的スローガンを掲げ、警察に殉職者を出すような武力闘争をするなんて、社会主義は当時の学生に魅力的に写ったんだろうけど、社会主義国家の崩壊を目の当たりにした僕にとって社会主義の何が素晴らしいのか全然わかりません。

そんな学生たちを目の当たりにし、「いい加減にしろ、学生ども…主義主張のために人殺しをいとわぬということか」と怒りに打ち震える警察側を指揮した著者が香港での勤務経験を生かした上で、従来の鎮圧を改め、様々な作戦を立案する様子やそれに対する警視庁内部の対立、実際に鎮圧に参加した機動隊の苦労など警察の内部の様子が克明に書かれています

そして警察だけのことでなく東大に限らず、大学教職員の様々な様子も紹介されています。

鎮圧の様子を記念撮影している東大教職員。

学生達の建造物侵入、不退去の犯罪構成要件を明確化するための看板を掲示すべきなのに「警視庁のきついお達し…」と惚けた看板を用意し、それが原因で佐々氏とやりあった際に「私の専門は古代法の研究でして、現代法はよく知りません」と言った某大学の法学部長。
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このようにちっぽけなプライドとみみっちさを曝け出したアホどもがいる傍らで、それとは対照的に170時間以上学生に監禁、数多くの学生達に吊るし上げを受けながらも一歩も引かず論戦を繰り広げ、「只今、学生を教育中」と連絡メモをよこした東大の林健太郎文学部長の気骨ある振る舞いもあります。


今から40年ほど前にこんな凄いことが繰り広げられていたということを窺い知れる面白い作品でした。

今回の『東大落城』は学生運動を鎮圧した警察側に立つ人間が書いた本でしたので、何か機会があれば当時闘争に参加した学生が書いた本を読んでみたいなと思います。二つの視点で学生運動を見ることが出来ますしね。













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